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一度死んだ男 平成12年5月24日(日付は25日)の深夜、急に右手が麻痺し、近くの救急病院に直行し即、入院となってしまった。自分の気持ちとしては2,3日入院し、点滴を受け血圧を下げる薬を飲めば、すぐに退院できるものと思っていた。ところが翌昼、病院長が私に言ったことは、「万が一、宮川さんの容態が急変した場合、当病院では宮川さんの命を守る保証ができない。ですから、これから都立豊島病院に転院します。いいですか。」と院長に言われた。「はい、わかりました。先生におまかせします。宜しくお願いします。」と答えるしかなかった。 自分はこんなに元気なのになんでなんだろう。集中治療室まで入れられて、オレはもう死ぬのかな〜。人間こんなに元気でも死ぬ時は死ぬんだ。と変に納得しながら移動する救急車の中で自問自答していた。道を歩いているとよく通る救急車、ピーポーピーポーと聞こえてくる救急車のサイレンの音。自分はその救急車の中で点滴を受け救急隊員に見守られながら次に移る病院に向かっているのである。 豊島病院ではナースステーションに一番近い病室に入れられ、鼻に管を通され酸素吸入、尿道にも管を通され絶対安静の状態が3日続いた。その後は順調に回復し、リハビリに精を出し6月23日、無事に退院することが出来た。軽い脳梗塞で本当によかったと思っている。 口の悪い友人や仲間に「宮川は一度、死んでるんだよな。」とことあるごとに冷やかされる。医者からも「予断を許さない状態」だったと言われていたことを最近、女房が話してくれた。自分の病気に対する認識不足で絶対にやってはいけない病気をやってしまった。今更後悔しても始まらないのだが・・・。しかし九死に一生を得たことだけは間違いないのである。神様に感謝せねばなるまい。2度もらった命である。世の中の為?家族の為、落語くらぶの為に何かをやらねばという思いが強すぎて逆にそれがプレッシャーとなり、前にも増して無理をしてしまったようだ。無理をしてはいけないとわかっていてもついつい無理をしてしまう。性分だからしょうがないのかもしれないが。脳梗塞の後遺症で右手右足に若干の障害を抱えている以上、もう無理が利かないことを悟ったしだいである。これからは自分の体と相談しながら、無理をせずに落語くらぶの皆と付き合っていこうと思います。 創部40周年もまじかに迫ってきた。そのときは大好きなビールを思いっきり飲み、皆と祝杯をあげたいと思っている。再会を楽しみにしてます。 |